それから私とひなせは、傍目からすれば今までどおりの生活をしていた。学校にいるときはクラスも違うし話す機会もそうそうあったものではない、その事実に変わりはないから。 もちろん先生との関係も相変わらずなもので、私さえ口を噤んでいれば歯車が歪みずれたまま回っていることに誰も気づかないはずだった。 あのできごともあの悪夢も、私が「なかったこと」にすればそれでよかったはずだった。 ひなせはそれ以来何度も私に悪夢を見せた。ひなせと身体を重ねるたびにあの悪夢が繰り返される。怖い。だから私は、なかったことにできなかった。夢だと割り切るにはどこか疑問点もあったから。 罪悪感からあの夢を見るにしては、頻度が異常だった。いつしかひなせと身体を重ねなくてもそのような夢を見るようになってしまって。 その事を、試しにひなせに話してみたことがあった。 「ひなせは、夢とか見ないの?」 「夢?」 「うん、ひなせと藤沢先生が……」 「その名前聞きたくない」 この調子だ。けど、一度だけ真面目に答えてくれた事があった。 「だから藤沢先生嫌いだってば……。でも、たまにお姉ちゃんと同じ夢見るよ。お姉ちゃんが先生に『お兄ちゃん』って話しかけてて……絶対ありえない、って思うけど。先生はどうなんだろう」 私たちにいるはずの「兄」が行方不明になって何年になるんだろう。 「私も明日先生と会うから、そのとき聞いてみる」 「うん……あたしもなんか嫌な予感がするから」 いつになく真面目な顔で、ひなせがうなずいた。 「最近顔色悪いですよ」 やっぱり、先生……知にはなんでもお見通しなんだ。 「そんなことない」 「そういうときに限ってひなたは調子が悪いんですよ。前も体育祭で倒れたじゃないですか」 「そのときはそのときです。それに、今は……」 ぴしゃりと言い切るけど、知もなかなか屈しなかった。 「今は?」 続きなんて言えるはずない。私は先生の部屋のベッドの上で、シーツに包まってるだけの格好だったから。そう。つまり今は、知に抱かれたあとだったから。 ひなせは私が今日知と会うのを知って、私にちょっとした仕掛けを施していた。 「あたしの分まで楽しんできて」 なんて言いながら、私の一番感じやすいところに何かを塗りたくったのだ。すぐにそこが熱くなって何かが溢れてくる……けれど、ひなせが何をしたのか私はなかなかのみこめなくて。 「待って、ひなせ、何……これ」 「友達がくれたんだ。媚薬みたいなもの。……何?お姉ちゃんったらもう欲しくなっちゃったの?」 「なっ……そうじゃなくてっ……」 「嘘だ、ホントは欲しいくせに。でもダメだよ、あたしはしてあげない。してもらうなら先生に、ね」 いつも通りの笑顔が憎らしくて、でもやっぱりこういうところではひなせには勝てない。……いや、もしかしたら私は自分からその状況を楽しんでいたのかもしれない。 先生にこれがバレたらどうしよう、なんてことを考えたりもして。 先生のマンションに着いたとき、私はもうフラフラになっていた。 「ひなた、熱でもあるんじゃないですか」 ドアを閉めると先生は開口一番そう言って、私の頬にそっと触れてくれた。いつもなら「そんなことない」って言えるんだけど、今日はそんな状況じゃない。 何よりちょっと頬に触れられただけで体中にあの甘ったるい痺れが走ったものだから、私はもうたまらずにその場に先生を押し倒してしまっていた。 「せんせ……私もう……我慢できないよ」 「え、ひなた」 「嫌。早く欲しいの……」 先生の手をとり、私のそこにそっと指先を触れさせる。あんまり下着が濡れてたものだから、さすがに先生も私の異変に気づいたようで。 「お前……何して……」 「だめ?私のこと嫌いになった?」 考えるより先に言葉が出てくる。考えるより先に指が動く。 「早く、ここ……んぁ……どうにかして……」 普段なら絶対そんなことしないのに、私は壁に背を預け、知に見せ付けるように下着をずらした。そして、自分の一番気持ちいいところに蜜を絡め、音を立てながら弄繰り回して知を誘う。 「話は後で聞くけど……そんなん見せられたら、俺だって」 知が私を抱き上げて、寝室へと向かう。また自分から知を押し倒して、今度は自分から知のモノを咥える。喉につっかえるのも気にせずに舌を絡めたり吸い上げたり。 「本当に……どうした?」 返事はしなかった。そのまま先生の上に跨って腰を下ろす。ほどなく体中を串刺しにされたような感覚が私の身体に訪れる。 「あ、あああぁ……!」 身体が言う事をきかない。これっぽっちも腰を動かしていないのに、私はいとも簡単に達してしまった。 「そんなに俺が欲しかった?」 「ぁ……やぁ、それきつい……」 この体勢は身体の奥のほうに知のが容赦なく当たるから、いつもの快感のほかに僅かな痛みも伴う。けれど、私はそんなことを気にしている余裕はなかった。 「お前からふっかけといて……」 言いながら、先生は私の腰を容赦なく抑えつけ、私の中を壊さんばかりに突き上げる。 「痛くないか?」 「大丈夫……もっとして、もっと……」 言いながら、自分からも腰を上下させる。知のと私の中がこすれるだけでそこから火がつきそうな感覚。知も私の動きにあわせて下から突き上げてくるから、普段の私なら痛がっていたかもしれない。でもひなせの細工で、私のタガは完全に外れてしまっていた。 あれ、あとでまたひなせからもらっちゃおうかな……。 「さと、る……気持ちいい?」 回らない呂律で訊く。知は少し歪んだような微笑を浮かべた。 「お前……今日すごくエロいから。ゾクゾクする」 先生が一度体を離した。 「や、抜いちゃいやぁ……」 「大丈夫、これで終わったりしない」 耳元で囁かれると、先生は私の手を窓のサッシに置くよう促す。 「これ、見えちゃう……」 窓はレースの薄いカーテンしかかけられていない。誰かに見られてしまったら……一瞬怖くなったけれど、火がついて暴走した私の体は即座に、かつ完全に私の理性を抑え込んだ。 「知ぅ……まだ?」 「まだなわけないだろ……?」 「ん、ああぁ……くるぅ……!」 後ろから腰を抱え、知がまた私の中を満たしていく。溢れた粘液が私の腿を流れ落ちていく感覚。私は誰かに見られるかもしれないのも忘れて、必死で声をあげ、知の動きに応えた。 「は……はぁ、ぁ、ん、う……」 一番奥まで容赦なく腰を打ち付けられて、甘い声よりも吐息が漏れ出す。 「そんなにエロいんなら……自分で触ってみ?」 先生が、私の右手を脚の間に促した。自分でも驚くぐらいにとろけたそこにある、充血した突起をそっと指でなで上げる。 「あ、いやぁ!!」 「でも今すごい締まったけど?」 意地悪く笑うけど、その笑いには少し余裕がなさそうだった。 「どうする?このまま出す?」 やがて知のものが更に大きくなって、私の中を半ば無理やりに押し広げるようになると、知は私にそう問いかけてきた。 「かけて……」 「え?」 私の申し出に、知は呆気にとられたようだった。けど、そんなのかまってられない。 ――知ももっとエッチな私を見たいに決まってる。 今まで考えもしなかったような悪魔のような言葉が、どこかから、誰かから囁かれた気がする。 「顔に、かけてほしいのぉ……」 「いいのか?」 「ん、お願い……ッ、ねえ、知、お願い……」 「可愛い」 その言葉で全身の性感が一気に絶頂寸前まで昂ぶる。 「あ、あ、さとる、もう、いく……私、いくのぉ……」 自分でも腰を使い、気持ちいいところを弄りながらそう訴える私は、もはや知のモノに完全に酔いしれていた。 「俺も……」 「あ、や、来るぅぅ……あああぁ、いあああああぁ……!!」 体全体が性器になってしまったような、今までにない絶頂感を迎え、そのままへたり込みそうになる。知はそんな私の体を反転させ、私の蜜でべとべとに濡れてはちきれそうになったものを目の前に突きつけてくる。 眼を閉じて唇を半開きにすると、知のそこが吐き出した熱く苦いものが口の中に容赦なく注ぎ込まれる。決して美味しいものではないし、どちらかというと気持ち悪い部類に入るかもしれないそれを、私はちゃんと飲み込んであげた。唇の端に零れたものも指先でぬぐい、ぺろりと舐め上げてしまう。 「知ぅ……すごいおいしい」 なんてうっとりしながら。 「今は、その……あんなことしたあとだし」 「確かにそうですよね。今日のひなた……すごかったですし」 「それ、言わないで……」 「嫌いになりませんよ、むしろもっと恥ずかしくなるような言葉も言わせたかったんですけどね」 額に知の唇がゆっくり降りてくる。それを受け止め、それから唇を重ねた。 「でも、ひなた。隠しててもわかるんですよ?」 唇を離すと、知が急に真面目な表情になる。 「なにが?」 「何かあったんですよね?」 有無を言わせない表情。今までにこんな顔の知は見たことがなかった。答えなければ、そういう衝動に駆られ、私は知に全てを話してしまっていた。ひなせとのことから夢のことまで。話してしまってから一気に涙が出てきてしまった。先生の前で、ううん、人の前で泣いた事なんて一度もなかったのに。 「……先に言ってほしかったですね。僕が何か手を打つこともできたのかもしれないのに」 「知にだけは……言いたくなかった、軽蔑されそうだったから……」 「軽蔑しませんよ」 先生は逃げ出そうとする私を抱きしめ、離そうとしなかった。離れようともがくと更に強く抱きしめられてしまう。 「ひなたはひなたですから。僕の想ってるひなたですから……」 先生は、そうやって、ひなせのことに関しては私を安心させてくれた。けれど、肝心の夢については全く触れようとしなかった。 結局、残ったのは不信と不安だけだった。 ←back next→ |