珍しく生徒会の話し合いが長引いた。校則で定められたスカート丈が膝下で長すぎてどうのこうのという話。 どうせ校則、特に女子生徒のスカートの規定なんてあってないようなもの。事実私もウエストを折り込んで膝上10センチのスカートをはいている。 そんな冷めた私をよそに議論は白熱して、なんだか生徒会室を出るに出られない状況になってしまった。 いつもでさえ半ばオドオドしながら「そろそろバスの時間なので」と言って生徒会室を出ていた私だ。怒号が飛ぶ、誰かがそれを宥める、そんな状況下で退出するのは正直恐ろしいものがある。 さらにこんな田舎では最終バスは午後7時。もう7時半になった。帰れるはずもない。 そんなわけで、私、遠野ひなたは相当困惑していた。 朝はそれこそ雲ひとつない快晴だったから、もちろん傘は持ってきていない。置き傘しても誰かに盗まれるのが関の山、逆に何本か放置されている傘を持っていくなんていう窃盗行為はしたくない。校則は別にどうでもいいのだけれど刑法に触れるようなことはしないようにする。それが私のモットー。 わけあって唯一の肉親となった双子の妹のひなせはもう帰っているはず。だから傘でも持ってきてもらおうかって思ったけど、きっと晩ごはんの支度でもしてるから、邪魔しちゃいけない。 生徒玄関に響いているのは雨の音と、定時制クラスの先生の声。 「遠野さん」 振り返ると、目に入ったのはぱりっとした白衣。 「あ、藤沢先生」 さっきまで生徒会室で腕組みして会議を聞いてた、生徒会の顧問、藤沢知先生。とても26歳とは思えない、私たちと同年代といってもいいような外見、それに反した落ち着いた物腰、厳しいようでいてその実優しいということもあり、女子生徒の人気を一身に集めている、そんな先生。 けれど不思議なことに、この先生。なぜか全然背後に「女性のニオイ」がしないのだ。私が1年の頃のバレンタインデー前に「もらう人がいない」というようなことを言っていたのだが、2年経っても彼女のひとりもいないとは。一部ではいわゆるアッチの人なのかという話まで出ているほど、女性にはまったくもって興味を示さないのだ。 「バス待ちですか?」 「いえ、バスもうなくなっちゃって、どうしようかって」 「ああ、それなら途中で会議抜ければよかったじゃないですか」 ちゃんとしているような、適当なような。先生はよくわからない人だ。よく言えばミステリアス、悪く言えばいつだって相手を煙に巻いている。 そんなところも、女の子に人気がある要因なのかもしれない。 「私あんな状況で抜けるの怖いです」 「そういうの気にしちゃだめですよ」 言いながら、先生は私の横に腰掛けた。つられて私も先生の横に座るけど、たまたまそこを通りかかったバスケ部の女の子の視線がちょっとだけ痛かった。でも、私と妹と先生の仲の良さは高校中の公認みたいなもので、別にそんなに呼び出し食らってどうとかということはない。 当然大人気の先生が相手だから、影で何か言われたりはしていると思う。けれど、ひなせから聞いた話だと、先生がそういう子を諌めたりなんなりして私を庇ってくれるそうだ。 生徒会の会計担当と、生徒会の顧問。そして妹の担任。それだけなのになぜそこまでしてくれるものかという疑問はあるけれど。 先生のおかげで、私は普通の学校生活を送れている、と、思う。 「あ、ちょっとひなせに電話、いいですか?」 私の電話の内容は、先生はお見通しなんだろう。ふっと眼鏡の向こうの瞳が微笑んで。 「いえ、僕が送りますよ」 携帯片手に、私は呆然としてしまった。思いもしない言葉だった。 「え、だって先生、まだ仕事あるんじゃないですか?」 「僕今日はもう上がりますから。それにどのみち連絡したところで帰れないでしょう」 「っていうか他の先生に何か言われたり」 「しませんよ。僕の善意ですから、善意」 先生、やっぱり今日もわけがわからない。それでも物理教師か?と突っ込みでも入れたくなってしまうぐらい、言ってることは文系だ。 「じゃあ、こっちに車回してくるんで、待っててください」 先生が立ち上がった。180センチ近い長身で、すらりとした体型。見とれてしまい、私もなぜかつられて立ち上がる。 「座っててもいいですよ」 先生の声は私の頭の相当上から聞こえる。身長148センチ、クラスでは無条件で一番前の席になってしまう私からすれば先生は巨人だ。 「あ、はい」 びっくりしてまた座ろうとする私の頭を軽くぽんぽんとなでるようにして、先生は職員玄関に向かっていった。 「……なんだろ」 生徒玄関の軒下に出た。雨足は強い。相変わらず。 よくわからない感情だった。1年の頃から私と先生は親しい方だったのに、初めてあんな風に頭をぽんぽんってやられたのだ。だから、え?って思うところもあったけれど、不思議と嫌じゃない。 そういえば今まで生徒会長とかにも「好きです」なんていわれたりしたけど、私は「好き」っていうのがなんなのかよくわからないから、ほとんど断っていたっけ。 ただ一度だけ、そう、中学時代だったと思う。付き合ってれば好きになるのかな、と思って、試しに同じクラスの男の子とつきあったことがある。でもやっぱり、好きっていうのがよくわからないから、3ヶ月ぐらい「つきあって」、普通の「お友達」に戻らせてもらった。 去年の文化祭でもひなせと一緒にミス一高に選ばれたんだけど、私じゃそんなのもったいないって思うし(結局姉妹揃って辞退させていただいた)。 友達もみんな、昔から私のことを「お人形さんみたい」とか「可愛い」とか言うけど、あたし自身はそんな感じがしない。他人の目って、よくわからない。 先生は、どう思ってるのかな。そのへん。 って、ホントに私、おかしいな。今日。 こんなこと考えてなんていられない。英語の予習がどうとか、夕食どうしようとかそういうことを考えるほうがよっぽど大事だ。そもそも先生一人のことを考える筋合いも何も私にはないわけ……なんだけれども。 1年の頃から、何故かこの人のことがいつも頭から離れないのだ。家のことと勉強と生徒会の3つをうまくやりくりしていくためには邪魔な考えなのに。別に先生と会うと胸がきゅんとしちゃうの、なんて馬鹿げたことにはならないから、おそらくこれは恋ではないのだと思う。じゃあ何だ、と問われても私には答えられないが。 複雑で、よくわからない感情だ。先生の何がこんなに気になっているんだろう。1年の頃からこの疑問は解決しないままだ。 「風邪ひきますよ」 玄関の向こうから先生の声。一応周りを一通り見回してみる。誰もいないな、と確認したところで、私は先生の車の助手席に座った。 「ほんとに他の先生に何か言われたりしませんでした?」 と、また念を押し。 「なんでそんなこと気にするんですか?」 先生は相変わらずしれっとそう返してくる。 「別に僕とうしろめたいことあったわけじゃないでしょう」 「確かにそうですけど…」 「あなたは石橋を叩いて渡らない人ですね。それか石橋を叩きすぎて壊すか」 なんだかよくわからない喩えで、先生が笑った。本当にこの人は文系なのか理系なのか。 「先生ホントは国語の先生なんじゃないですか?」 「まさか。僕は純粋な理系人間です」 言いながら車を発進させる。他の車とは一線を画した上品さ。あまり他人の車の助手席に乗る機会のない私でもわかるほどに。 「この車、何て言うんですか」 「ああ、ウィンダムです」 ウィンダム。とだけ聞いてもいまいちよくわからないのが本音。私はそんなに車には詳しくないし、興味もなかったはずだけれど。 「いい車なんですか?」 「オヤジくさいってよく言われますけどね。僕は気に入ってます」 信号が赤になり、車が止まる。会話が止まる。 「先生」 私はさっきの疑問を思い切って先生にぶつけてみることにした。 「好き、って、どういう感情なんですか?」 「なんか今日の遠野さん好奇心旺盛ですね」 そうかもしれない、さっきから私の発する言葉の末端には常に疑問符がくっついていた。 「私真面目に聞いてるんです。それとも先生は、そういう感情持ったことないんですか?」 はぐらかさないで。ちゃんと答えてよ。 なんだろう、このじりじりしたような気持ちは。 信号に引っかかるのが2度目だからなのか。それとも相手が先生だからなのか。私には判別がつかない。ある意味異常な精神状態。 「そこまで必死なら答えますか」 ふう、とため息をつき、すぐに、私を焦らさないよう言葉を繋ぐ。 「そりゃ僕だって男ですからね。そういう感情のひとつやふたつ、持ったことありますよ。いや、持ったことがある、じゃなくてですね。現に持っているんです」 「それって、どんな感じなんですか?」 「どんな感じって言われても。僕そういうことに関しては考えるより先に体が動くんで。例えば――」 歩行者用の青信号がチカチカ眩しい。先生の眼鏡に青い光が反射して。 え?私の視界に先生の眼鏡?こんなに近い距離で――? 「――!」 ほんの一瞬のことではあったが、先生の唇の柔らかさとかすかな煙草のにおいを感じるのには十分すぎるぐらいだった。 「こんな風に」 何事もなかったかのように車が動き出した。私は何も言えず唇に手を当てるだけ。 私もキスしたことがないわけではない。昔付き合ってた人と、キスもそれ以上のこともしたことがある。でも別に、何も感じなかった。あのころは、こんなものなんだ、と納得したものだけれど。 それは、違うのかもしれない。 もっとしてほしかった、と思ったのは、初めてだったから。 「どうかしましたか?」 もっとしてください。思わず口にしていた。そんな自分に嫌悪感を覚えたが、一度口にした言葉は相手の耳に届くともう二度と撤回することはできないもの。 「ふーん……まさか遠野さんの方から誘ってくるなんて思いませんでしたよ。じゃあ遠慮しませんからね」 先生の声色が変わった、気がした。 それで結局、先生の家に上がりこむ私。 ひなせには、車の中で電話をした。もちろんひなせは私が先生といることを知らない。だって、活発なひなせと引っ込み思案(とよく言われる)な私では付き合う友達の質が全然違うのだから。 「あ、ひなせ?私。生徒会の友達が泊まりにおいでって言ってたからさ、今日泊まってくる。……うん、会議長引いてバスなくなっちゃったから友達が気遣ってくれて。……わかった。ごめんね、それじゃ」 生徒会の人、と言えば、遊び人ひなせとは相当縁遠い存在になる。 「アリバイ工作ですか」 「ええ。ひなせああ見えて心配性ですから」 私とひなせは、顔の造りも身長も体型さえも同じだが、性格はまるで正反対。 どちらかと言うとおせっかいで世話焼き(それが長所でもある)、そして人付き合いが上手なひなせに対して、私はあまり人付き合いを得意としない。他人への執着心がなさすぎるのだとひなせは言うけれど、あまり他人に興味を持ちすぎるのもなんだか面倒だし、つかず離れずぐらいが私にはちょうどいいのだ。 そんな私が、人間嫌いのケがある私が、こうやって先生といることが、この期に及んでも不思議で仕方なかった。 「遠野さんらしくないですね。何から何まで」 ネクタイをさらに緩め、先生はソファーにどっと腰掛けると、私を手招きした。 先生の部屋は恐ろしく片付いている。いや、まるで生活感がない。必要最低限生活に必要なものと、専門書ばかり並んだ本棚と。本の背表紙には量子論だとか相対論だとか物理化学だとかそんな感じの言葉が並んでいて、ああ、やっぱり先生は物理教師なんだと実感せずにはいられなかった。 「先生だって、先生らしくないです。何から何まで」 「でも、男の一人暮らしの部屋に上がりこむって、どういうことかぐらいはわかるでしょう」 「私ぐらいの年の子ならそれぐらいみんな知ってます」 「喋り方だけはいつもの遠野さんなんですけどね」 頬に先生の指先が触れるのを感じた。冷たそうな骨ばった指は思いのほかあたたかい。 「もっとしてほしい、って言いましたよね」 肯くべきか首を振るべきか今更迷う、いずれにしても体がガチガチに固まって動いてくれない。 「もう一度言いますよ。僕、遠慮しませんからね」 「あの、私」 言い終わる前に唇を塞がれた。さっきみたいな冗談めいた軽いものじゃない。舌があたしの唇を割って潜りこんでくる。頭の中ではどう反応すべきかわかっているのに、私の体は言うことをきかなくなってしまった。先生の好きなように唇を、舌を弄ばれる。 「先生」とこんなことしちゃいけない、なのに絡み付いてくる柔らかな舌に脳みそが融けたようになって、そういう罪の意識が飛んでしまいそうになる。否応なく息が上がる、苦しい。 「その、やっぱりだめです」 いったんは融けかけた脳をもう一度もとの状態に戻し、唇を離した先生を押しのけようとした――が、体のほうはもとに戻ってくれていないようだった。すっかり力が抜けていた。押しのけたつもりが、先生は微動だにしていなかった。 私の力なんかでは、先生に勝てっこない。正常なときでもそうなのに、こんな状況下では尚更のこと。 自分は弱い生き物だ――そう思わずにはいられなかった。先生にこのまま喰われてしまいそうなほど、弱い生き物。それが私だ。 でも、悪くはないかもしれない。そう思った隙を先生は見逃さなかった。 先生が私の手首を掴む。連れて行かれたのは先生の寝室だった。 私ににじり寄ってくる先生。反射的に後ずさる私。背中に壁が当たったが最後、先生の瞳が私を捕まえ、がんじがらめにする。 そんな燃えるような瞳で見つめられると、もう一人では立っていられない。ずるりと崩れ落ちようとする私の身体を、先生が抱いて支えた。 「一応は僕のこと、ちゃんと男として見てくれてたんですね」 どこからどう見たって男です、いつもの私なら言えるはずのことが言えない。こんなのいつもの私じゃない。否、玄関で先生に頭を撫でられた瞬間から、私はいつもの私でなくなっていた。 無意識に先生のネクタイに手をかけ、解く。うまく解けずに奮闘する私を楽しそうに眺めながら、先生は簡単に私のセーラー服を脱がしていく。 足元にエンジ色のリボンが落ちた。 「せんせ、立てない……」 「じゃ、座って。それから……今は先生、ってのナシ」 壁に背中をつけたまま、ずるずると崩れ落ちる。何故こんなに体が熱いのかわからない。何故こんな焦れたような気持ちになるのかわからない。 「はやく」 自分の声が熱にうかされているように聞こえる。何を「はやく」してほしいのか。心よりも体が先に答えていた。 あつい。どうにかして。たすけて。 「はやく、って、このまま?」 必死でうなずきながら、先生を引き寄せる。なんでもいいから早くどうにかして。このままじゃ死んじゃう。 「ひなたらしくないですね」 ひなた。ぼそりと名前を呼ばれただけでもどかしいような気持ちがさらに増す。 はだけたセーラー服もそのままに、先生が私の腕を掴んでベッドに引きずり込んだ。手首の痛みさえも心地よいから、先生の好きなようにさせる。 スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイをさらに緩めた先生の瞳はいつもの優しいものではないし、得意の悪戯っぽいものでもない。ただ、私の恥ずかしい姿を、真剣なまなざしで見つめている。 「そうやって見ないで。でないと僕、本当に抑えききませんよ?」 「どうして」 言葉はまたもや先生に封じられた。下着をずり上げられる。ほとんど真っ暗に近い中だから、そんなにはっきりとは見えないだろう。でも、恥ずかしくて怖くて、早くどうにかしてほしい。ごちゃごちゃと考えてはいるが、結局は、先生にしてほしいのだ。早くしてほしいのだ。 「貴女が好きだから」 好きだから。そう言われた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。言葉にされるだけでこんなにも苦しく、嬉しくなれるものだったのか。先生の「好き」の言葉は重みが違う。何故か。答えはとっくに出ていた。 私のあの「よく分からない感情」とやらが、先生の口にしたものと同じだったことに、今になって気づいたから。 私も、先生が好きなんだ。 2年も経って気づくなんて馬鹿みたいだけれど、でも、好きなんだ。 友達にも「大きいほうだ」と言われる私の胸。でも先生の大きな手にはすっぽりと入ってしまう。 きゅっと先生の手に力が入る。コレは先生の手なんだ、藤沢先生の。そう考えただけで身体が大きく震えた。なんで、なんで先生だとこんなになっちゃうんだろう? また、息が上がってきた。自分のものかも疑わしいような甘ったるい声が聞こえた。 「ちょっと触っただけですよ?どうしたんですか、その声」 いかにも楽しそうに言いながら、私の胸にキスを落とす先生。できるだけ我慢していた筈なのに、私は知らない間に声を上げていたらしい。 「跡残っちゃ……ん、ぁ」 「分からないようなところに残せば、大丈夫ですよね?」 言うと先生は、私の胸の先を舌先で小刻みに舐め上げ、さらに唇でついばむようにキスを繰り返した。 「やぁ……その、それ、あ……」 こんなだらしない声を出したことは、私の18年という少ない人生経験の中ではなかった。 「ここなら誰も見ませんよ。僕以外は」 先生だけが、知っているところ。また何かがどっと溢れ出した。 舌と左手は私の胸を弄んだまま、右手が紺のプリーツスカートの中に進んできた。 「初めてですか?」 首を振る。容赦なく先生の指が下着の間から入り込み、私の身体を貫いた。 「やっ……」 「指、濡らさなくても大丈夫でしたね」 それは事実だった。私のそこからは粘液質のものが垂れ流されて、何のひっかかりもなく先生の指を受け入れたから。 いつの間にかスカートが、いや下着までもが剥ぎ取られていた。 「ほんとに初めてじゃないんですね。じゃ、もう少し」 「あうッ!」 体内をさらに押し広げられる。指がもう一本入ってきたらしい。 先生の動きには、無駄がない。それはいつものことなのだが、「このとき」改めて実感した。 「ここ、いい?」 口調が「先生」じゃない。腰の辺りがむずむずする、くすぐったいのとは違う感じ。苦しい、けど、嫌じゃない。気持ちいい。認めなくてはならない。 ――ああ、それなら、私も「私」じゃなくなろう。 理性のタガを一気に外した。 「うん、そこ……すごい、いいよぉ、あっ、ああぁ」 声も、勝手に跳ね上がる身体も、脳天を突き抜ける気持ちよさも、全部、受け止めよう。突然乱れ始めた私に、先生は一瞬面食らったみたいだ。でも、そんなこと構やしない。もっとしてほしい。指だけじゃダメ。足りない。 私の腿の辺りに、硬くて熱いものが触れる。そう、これが欲しい。 手を伸ばし、そっとそれに触れる。先生の動きが一瞬とまる。 「ひなた?お前」 私は男の人のそれに触れたこと自体はあるが、自分からそうするのは初めてだった。 力の加減がわからない。先生がちょっと痛そうな顔をすると、少し力を緩め、物足りなさそうな顔をすると、少し力を入れて。 「そう。そんな感じで」 それがもっと大きくなったような気がした。私の拙い指でも、先生を喜ばせることができると思うと、嬉しい。先端に指先を伸ばすと、何かぬるりとしたものが流れ落ちてきていた。 もう片方の手で、先生の腰を引き寄せた。 「まだだ、ひなた」 そのままひとつになることに先生は躊躇ってるみたいだった。でも、私の身体のことは私が一番知っている。今日は確実に、大丈夫だ。 問答無用で、先端を私の入口に押し当てた。ぞくぞくする、これが私を満たしてくれるのだと思うと。私も軽く腰を浮かす。少しつっかえる感じがするが、そのまま先端だけを軽く私の中に押し込む。 「っああ……くる!」 「!」 先生も私の意図するところを理解したのか。そこからは私の手は不要だった。 逃げられないように私の腰をぐっと押さえつけ、一気に私を貫いていく。息ができない。引き裂かれそうな感じはあるけれど、痛みはない。 「ひなた、本当に初めてじゃないんだな?」 もう一度うなずく、声なんて出なかった。でも、ある意味では初めてだとも思う。こんなに自分から欲しがったのも、めちゃくちゃになったのも。 私がうなずいたのを確かめたあとは、容赦なかった。 腰は押さえつけたまま。いきなりものすごい速さで出し入れを繰り返す。 「っは、はぁ、んく、ぁ」 甘い声なんて出せない。あんまり気持ちよすぎて、息をするのさえやっとなのだから。 「お前……きつすぎ」 「先生のが、おっきすぎるの……」 うわ言みたく呟く私の唇に、先生の唇が降りてきた。 「今は、先生はナシって言ったろ」 「じゃ、なんて……」 「いいから、知で」 投げやりな返事のあとには、再びあの快楽が待っていた。 「やだぁ、足りないもっとぉ……!」 泣きながら、いや鳴きながら、先生にもっと求める。 「じゃあ、俺の名前。呼んでみて……」 あれ、今先生、俺、って言った? 「でも、それ……だめ……」 「俺ら、もうダメなことしてるんだから……、早く、言えよ……」 そうだ。先生が、生徒にこんなことしちゃいけない。なのに私たちは、してる。こんなにめちゃくちゃになって。私どころか、あの先生までもが。 「あぅ、さ……さと、る……」 唇は勝手に先生の名を紡ぎ、私の腰は先生を求めて勝手に揺らぎ、私と先生がひとつになってるところに至っては、リズミカルに恥ずかしい粘着質の音を立てて。先生の名前を呼んだご褒美なのか。音の間隔はさらに短くなり、さらに私の中をかき混ぜるような感覚も加わり、息詰まるような快感も急カーブを描いて上昇していく。 「ひなた、いい?」 答えられなくて、でもはしたない喘ぎ声は絶えない。自分の感じやすい体が呪わしく、同時に愛しくも感じる矛盾。 先生の背中に爪を立てた。そうでもしなければ意識が飛んでしまいそうだった。 「知ぅ……たすけて」 「助けてって……どうやって?」 「は……早く、いかせて……」 いかせて、なんて恥ずかしい言葉。でも先生は、私がそのような言葉を発したことに満足したようだった。 「可愛い……ねぇ、このまま?」 「も、お願い、なんでもいいからぁ、やあぁ、ひゃ、あ、いやあああぁ!」 先生のものが私の最奥まで送り込まれた瞬間、全身が震えた。――いや、震えた、なんて可愛い次元じゃない。むしろ痙攣に近かった。意識が薄れる、世界が真っ白になっていく。先生の熱が私の身体の中に送り込まれる――。 窓を打つ雨の音で、私は目を覚ました。まだ夜だった。 雨は私が生徒玄関で途方にくれていたときよりも激しく降っているようだった。 「お目覚めですか」 あんなことをしたのに、お互いまだ何も着ない状態でベッドに横たわってるのに、先生はいつもの調子で言う。「知」から「藤沢先生」に戻ったのかもしれない。 私の呼吸はまだ整わない。どうにか頷いて、先生の胸に飛び込んだ。抱きしめてくれる腕があたたかくて、ずっとずっとこうしていたかった。 「正直、驚きましたよ。こんなに貴女が細くて小さくて壊れそうだなんて」 「小さいって言わないでください」 背が低いのは昔からの私のコンプレックスだ。ひなせはそんなこと気にしないが、私は神経質でこういうことも気になる性質だった。 「でも、僕は好きですよ」 「好きって、小さいのが?私が?」 「……また言わせるんですか?」 困ったような声が頭上から降りてくる。 「で。ひなたは僕のこと、好きじゃないんですか?さっきから何も言ってくれないんですけど」 「……だって。さっき気づいたもの」 気づいたときにはもうこんな状態。順番がちょっとおかしい私と先生の恋は、こうして始まった。 ←back next→ |