今日は飲み会があるというのだが、綾香はそれをキャンセルして職場に居残っていた。20人ほどの小さな事務所はがらんどうで、綾香ともう一人、石館拓海という新人を残して全ての人間が帰ってしまった。今頃は職場近くの居酒屋で雑談に花を咲かせているころだろう。 拓海は今年新卒で入社してきたばかりで、まだ仕事の要領を得ていないらしい。教育係を任された綾香も居残って彼の仕事を手伝うことになったのだ。拓海たっての願いで。綾香もそれを断ることができなかったのだ。 やがて仕事がある程度一段落するころには、日が落ちるどころかもう皆二次会にでも向かっているような時間になっていた。それでもまだ目の前には大量の企画書や決裁待ちの書類が残っている。 「ごめん、今日はちょっと帰り遅くなるね」 綾香は夫の渉にメールを入れて、ついでに拓海をねぎらう意味でお茶でもいれようかと立ち上がった。 「ちょっと待ってね。石館君も疲れたでしょう。お茶いれてくるね」 拓海が何か言ったような気がしたが、綾香はそれに気づかずに給湯室に向かう。 給湯室で綾香はやっと一息つくことになる。 「はぁ、緊張した……」 何にそんなに緊張する必要があるのかわからないが、極度の緊張を数時間強いられていた。一挙手一投足その全てを拓海が見ているような気がして。 いや、気がして、ではない。間違いなかった。綾香はそれに気づかないほど鈍感ではない。拓海が綾香を思う気持ちにさえも気づいていた。しかし綾香には夫がいるわけで、当然彼の気持ちには倫理上応えるわけにはいかなかった。 ――もしも、私が結婚していなかったら。 ――そんな不謹慎な考えなどしてはいけない。 二つの囁きが綾香の心を迷わせる。何にそんな迷いを生じていたのか……。答えは既に出ていた。迷いを生じていることに気づいたその瞬間から。 気づくと、後ろに拓海が立っていた。 自分の心を見透かされないように、取り繕ったような笑顔を見せる綾香。 「何か手伝うことありますか?」 「いいのよ、大丈夫。疲れてるでしょうからちょっと休んでてもいいわよ」 「いいえ、いいです。だいぶ疲れは取れました、大島さんがいてくれたから」 「え……」 なんとなく確信はしていたが、言葉にされると迷いの触れ幅は更に大きくなってしまう。 「冗談でもそういうこと言わないの」 「僕は本気です」 今しかない。彼の瞳には切迫した何かがあった。今を逃せば思いを告げることはできないだろうという切迫した感情。それがわかるからこそ、綾香の心はなおのこと揺れ動き、痛む。 「結婚してるからとか、そんなの僕には関係ない。だから僕は綾香さんを――」 その先は敢えて言わずに、強引に綾香の唇を奪う。一度は抵抗の意思を見せた綾香だが、少し手をばたつかせただけでおとなしくなってしまった。 それはつまり、彼を受け入れたいという意思の現れ。たとえ許されなくても、綾香も拓海を思っていたことには間違いなかったのだ。それが、先ほどの迷い。 服を脱がす時間すら惜しかった。 綾香の服をはだけさせ、下着は上にずり上げたまま、その胸の頂を口に含み、舌で転がす。 「っ、ん……」 「誰かに聞かれるかもしれませんよ」 その声は、いつもの少し無邪気な拓海らしからぬものだった。拓海は新卒だろうとなんだろうと大人の男には変わりないのだ。もっとも、今の行動は大人のするべきことではないのだが……。 「だめだよ」 「だめじゃないでしょう?ダメならなんでこんなに硬くしてるんですか?」 「そ、それは……」 確かに渉とはここ1年、仕事の疲れなども手伝って何もしていなかった。女として見てもらえていないのかと いう寂しさも綾香にはあったのだ。自分はもう女じゃないのか、と思いつめてもいた。 しかし、やはり綾香は女だったのだ。 ストッキングを破かれた。それが何を意味するのか。綾香にはわかりきっていた。 下着を下ろすと、拓海は半ば無遠慮に綾香のそこを指先でまさぐった。ぬるりとした感触に、綾香は思わず身を縮める。 「綾香さん、初めてってわけでもないでしょう?なのにどうしてそんな反応するんですか?」 質問も遠慮がなかった。 「……から」 「え?」 「して、なかったから」 お互いに仕事が忙しく、渉などは日付が変わってから帰ってくることも珍しくなかった。休日も疲労回復にいっぱいいっぱいで、そんな余裕はなかったのだ。 「久しぶりの相手が僕だなんて光栄です」 言われて綾香は今の状況をなんとかしようともがくが、拓海には力で及ばない。 半ば強引にそこに指を差し込まれると、思わず苦悶の声が漏れそうになる。 「痛いですか?」 「少し……」 1年も何もないと、昔のような状態に戻ってしまうのだろうか、拓海も綾香もそう思った。 拓海は少しずつ、そこをほぐすように指を動かし始める。 「っ、っー」 声を出してはいけないと思い、とっさに綾香は自分の小指を噛んだ。しかし理性とは裏腹に、そこは指の動きにあわせてだらしない水音を立てている。それこそ、部屋中に響くような……。 「大丈夫ですよ、ちゃんと準備はできてるみたいですから」 その言葉と指先に感じてしまう自分が憎らしかった。でも、もう止まることはできない。 改めて唇を重ねると、今度は綾香のほうからも舌を絡めていく。渉への罪悪感はあるけれど、それがなおのこと二人を燃え上がらせていた。 「この音……外に聞かれたらどうします?」 「どうって……聞こえないようにしなくちゃ」 「それってつまり、こういうことですよね?」 そこにあてがわれたものに、さすがの綾香も再び抵抗のそぶりを見せた。本当に、戻ってこられないところまで行ってしまう。今ならまだ間に合う……止めなきゃ……渉……。 「くうぅっ!」 ところが綾香が止めようとするより早く、拓海が腰を進めてきていた。 「全部入らないじゃないですか」 「苦しいよ……だめ」 「そのうちよくなりますから」 根拠のかけらもない言葉と同時に拓海は動き始めた。再び小指をかみ締め、声が出そうなのを必死に押さえ込む。声が出るのは反射的なものではなかった。綾香は渉への罪悪感よりも今の快感に屈したのである。 「あ……っ」 「もう少しですから、声出さないでくださいね」 その責めは酷く長い時間に思えた。いつまで続くのかわからないほど何度も絶頂にのぼりつめて、もう綾香は正常な判断ができなくなっていた。目はうつろで、拓海を求めて自ら腰を振り続ける。 「綾香さんがこんなにいやらしいって、職場の皆にばれたらどう思われますかね」 「言わないでぇ……」 小声で言い返そうとするも、舌足らずな口調になってしまう。 「きっと旦那さんもこんな綾香さんは知らない」 言うとひときわ腰の動きが速まる。やがて拓海が綾香の中に欲望を放つと、綾香も意識を手放した。 目が覚めると、一通りの後始末は全て拓海が済ませていたようだった。あとは自分のほうだけ、なのだが。 トイレに向かい、ポーチから予備のストッキングを取り出して履き替える。ふと鏡を見ると、自分がこんなにも女らしい表情になれるのかと目を疑った。それは、渉では決してなしえなかった表情。 「拓海君」 事務室に戻ると、あえて名前で彼を呼ぶ。倦怠感はあるはずなのに彼はさすがに若く、てきぱきと仕事をこなしていた。 「あれは、今日だけなの?」 まだ少しふらつく身体を椅子に収め、彼女が後始末をしている間に回ってきた決裁や書類を眺める。 「え?そんなつもりないですよ」 しれっと言ってのける辺り、拓海は怖いもの知らずである。 「僕は本気だって言ったじゃないですか」 その一言で、二人の関係が始まった。 渉に黙って拓海の身体を求めてしまう綾香は、欲望に忠実な女でしかなかった。 ====== ちなみに管理人はリアルでの浮気は非推奨です。文章上では萌えるけど。 ブラウザバックでお戻りください。 |